自由という枠

前項で自由という抽象的な表現を示しましたが、名刺の枠を表現するにはこれはかなり重要なことなのです。我々一般の発想では名刺となると、名刺の枠を超えることはほとんどありません。自由だといわれてもせいぜいウケを狙ってハガキ程度の大きさまででしょう。ですが芸術家となるとどのようなものを作り出すか、凡人には検討がつきません。名刺でさえも芸術作品として作り出すかもしれないからです。

頭抱える男性プライベートの名刺ではありませんでしたが、名刺交換のさいに変わった名刺を受取ったことがあります。それは和紙でできた名刺でした。素材自体は珍しくありませんでしたが、その名刺は手漉きの和紙でした。紙の素人でも一目でわかりました。なぜならその和紙は縁取りせず繊維がバラバラの状態だったのです。この名刺、確かに印象には残ります。会社の名刺でしたので会社が推奨していたのですが、困ったのは名刺を仕舞うときです。縁がバラバラの繊維状態ですので、名刺入れに入りませんでした。もちろん名刺ホルダーにも整理できませんでした。会社自体が推奨している場合は、会社がこのようなリスクを覚悟で行っています。つまり大きさを通常と変えると、相手に迷惑をかける。迷惑な奴だと思われるリスクを背負う覚悟が必要なのです。